Vol.272:拉麺酒房 熊人


 長野県上田市に全国区の知名度があるお店がある。屋号は「拉麺酒房 熊人」。県内産の特選素材への拘り、早くから着手していた自家製粉、そして個性的な商品ラインナップ。当然、熊人についての情報はネット上に溢れている。当サイトはラーメンに携わるヒトにスポットを当てるサイトだ。私が興味あるのは、熊人の原点。現在の熊人に至るまでの店主のストーリーを追ってみたい。「拉麺酒房 熊人」小合沢店主にKRK直撃インタビュー!


- ご出身は?

「長野県上田市です。ここが地元です。」

 

- ずっと上田市に?

「高校まで上田にいて、大学で東京に行きました。それから上田市の会社へ就職して、大阪にも営業で4年ほどいました。」

 

- 大阪はどうでしたか?

「大阪は面白かったですねー。営業で外回りをするので、その時にラーメンとか色んなものを食べていました。学生の頃はお金も無いので長野や東京ではあまり外食はできなかったですからね。」

 

- 当時の大阪で印象に残っていたお店は?

「道頓堀の神座さんとかが人気でしたね。ああいうラーメンは長野には無かったですからね。当時は大阪以外に京都や兵庫にも食べに行ったりしていました。外食が好きで、ラーメンだけでなく色んなものを食べて楽しんでいました。」


- ラーメン屋をしようと思ったきっかけは?

「大阪での3年目くらいで阪神大震災(1995年1月)があったんです。あれでやっぱり衝撃を受けて、『このまま会社員をしていくのもどうなのかな?』と考え始めました。好きなことをやれたらいいなと思い始めました。」

 

- 好きなこととは?

「その時はまだ具体的に好きなことが無かったので、大阪で4年いた後に、地元の上田へ戻ってきて本社で5年ほど働いていました。その間、好きなことを何でもやっていこうと思い、山登ったり、釣りに行ったり、スノボをしたり、やりたいことをずっと楽しんでいました。とことんやり尽くした後、会社の居心地もよかったんですが、何かやりたいなという気持ちだけで会社を辞めました。自分でやれる仕事がしたいと思っていました。」

 

- 自分でやれる仕事とは?

「全国でずっと食べ歩きは続けていました。そんな中で自分の好きなラーメン、『こんなラーメンがあったらいいな!』とか、そういうラーメンで勝負したいなと思いました。」

 

- 具体的にどんなラーメンで?

「僕は特に麺に興味があったので、美味しいと思ったのが栃木県佐野市の青竹打ちの麺(「佐野ラーメン」伝統の製麺技法)。『あっ、この麺はいいな〜』と思って、青竹打ちの麺を見よう見まねで試作していました。」

 

- もうラーメン屋をすると決めていたんですね。

「ずっと青竹打ちの練習をしていて、それで1日50食限定で月火休みの昼営業のみのお店を始めることにしました。2005年10月5日です。」


2005年10月5日オープン


- この場所は?

「元々ここはウチの建物で以前は人に貸していたんです。ここを自分で改装して使うことにしました。」

 

- 屋号「拉麺酒房 熊人」の由来は?

「僕は人気グルメ漫画『美味しんぼ』世代(笑)。海原雄山からの魯山人、それで熊人(くまじん)。熊は中学校の時のあだ名が熊だったんです。ちょっと毛深かったので(笑)」

 

- 拉麺酒房は?

「お酒も飲みながら、最後に〆で麺を食べてもらえたらいいなという感じです。」



- オープン当初から青竹打ちで?

「当時していたのはピロピロじゃなくて、お蕎麦みたいな麺線の青竹打ち。凄い手間なんです(笑)。当時、10食打つのに30分。50食だから2時間半ほどかけて毎日打っていました。その作業をしばらくしていました。大変だと思っていましたが、麺が美味しければなんとかなると考えていました。」

 

- スープは?

「ウチは麺ありき。スープはある程度の素材を入れて美味ければいいと思っていました。」

 

- オープンして順調でしたか?

「オープンして2〜3年の間は儲からなくても仕方ないという気持ちでしていて、段々と軌道に乗ってきて夜営業も始めました。そうなってくると青竹打ちは無理なので、手打ち式の製麺機でするようになりました。」



- 自家製粉までしようと思ったきっかけは?

「食感も大事だけど、とにかく美味しい"味"の麺を作ろうというのがウチの基本です。やっぱりラーメンの麺ってみんな硬いや柔らかいしか言わなくて、なかなか味まで言うことが少ない。信州なので蕎麦の存在が大きくて、僕は手打ちでしている以上は蕎麦をライバルと思っているんです。蕎麦に負けない麺を作りたい。蕎麦屋は自分のところで蕎麦を挽いているので、ラーメン屋が挽かない理由は無いだろうと思いました。」

 

- そこまで深く考えるようになったのは?

「最初は製粉屋さんが作ってくれている石臼挽きの粉を使っていたんですが、段々と飽き足らなくなってきました。製粉屋さんで作る粉というのは綺麗な粉。綺麗な粉というのは味が少ないんですよ。胚芽部分、油分とか雑味のある部分を除去しているんです。雑味がある部分が旨味に繋がってくるんで、やっぱり自分で挽くしかないと思いました。」

 

- 一般的に雑味の部分を抜いて流通している理由は?

「日持ちがするし、流通に乗せると油があったら酸化するし、粗く挽けば虫が湧いてしまう。そういった部分で流通できないんですよね。」

 

- 自家製粉をすることに決めて、どう動いたんですか?

「自店で挽いているパン屋さんがあったので色々教えてもらったりしていました。最初はセラミックの石臼で挽いていたんですが、石臼はメンテナンスや作業効率を考えると大変だなと思いました。蕎麦と違って小麦は硬いから擦り減るのも早いんですよね。それで今は鉄臼。鉄でグリグリってするもので擦っています。圧はダイヤル式で調整できて、擦り減ることもあるけどそんなにメンテナンスは難しくないんです。」

 

- 鉄だと熱が出ますよね?

「熱は出ますけど、小麦は蕎麦ほど繊細な香りじゃないので、蕎麦ほどシビアに考えなくていいと思っています。」

 

- 自分で製粉することのメリットは?

「粉からしていくメリットは色々あって、自分にしかできない配合とか、挽き立て打ち立てができること。やっぱり他には無いものができますよね。僕が自家製粉を始めた頃は全国でもしているラーメン店はほぼ無かったんです。ここでしか作れないものを作って、東京や大阪とか遠くからお客さんに来てもらって楽しんでもらいたいという気持ちがありました。」



- 現在、麺は何種類?

「メニューに合わせて、今は4種類打っています。味噌は太麺、醤油は細麺、中太麺は夜にしている鶏白湯用。あとは自家製粉の粗挽き麺。粗挽き麺は自分の趣味みたいなものですね(笑)。」

 

- 醤油や味噌をブレンドしないとメニューに記載されていますね。

「僕の考えとしては何種類かを混ぜていくと、結局、良いところも悪いところも消し合ってしまうんですよね。お醤油だってロットによって全然ブレているので、それを5種類とか合わせることは絶対に無理。本当に良いお醤油というのはそれだけで成立しているんです。それを長所も短所もひっくるめて、ここのお醤油のラーメンというのがウチのコンセプトです。」

 

- 麺でそこまでしていると、醤油とか味噌も自家製にしようとかは?

「やっぱりね、醤油も味噌も大久保さん(大久保醸造店)や、大桂商店さんのような専門家が作ったものには敵わない。勉強のために味噌とか作ったりしていますけど、それをお客さんに出すというのは考えていません。明らかにプロが作ったものの方が美味しいですから、ウチは麺を頑張って作ります。」



- スイーツ系ラーメンには驚かされました。

「数年前に"もち姫"という小麦をガチ麺道場の上野店主から教えてもらったんです。もち姫の特性は茹で上がると餅なんですよね。イメージとしては白玉麺みたいな感じ。普通の小麦では絶対に表現できない麺ができる。でもその前から、フルーツ系のラーメンはしていたんです。」

 

- フルーツ系⁉ どんなラーメンだったんですか?

「葡萄とか林檎、ミカン、メロンとか使っていました。スープが葡萄100%。普通は合わない感じですが、麺とスープの間を油で媒介させることでちょうど馴染むんです。それを再確認させてもらったのが横浜の246亭さん。その店には温かいブラックコーヒーをスープにしたコーヒーラーメンというのがあるんですよ。珈琲油を合わせることでコーヒーと麺が一つになっているんです。」



- 今後したいことは?

「製粉の次は精麦ですね。」

 

- 精麦とは?

「大麦って粒が裸で磨いてあるでしょ。お米と一緒で麦が外皮を被っていない状態。麦も外皮を剥くことで挽いた時にデカい粒の粉を挽けるようになる。お蕎麦とかでゴリゴリの粒が入っている粗挽き蕎麦というのがあります。お蕎麦というのは外側の皮を取った状態で、薄皮だからああいうデカいのを入れてもいいんだけど、通常の小麦の場合、デカいのを入れると外皮が、イガイガしてしまって全然食べれなくなる。小麦も外皮を綺麗にしてやれば、荒い小麦を挽ける。そうするとツルツルじゃなくて、ザラザラとした麺を作れる。今はまだ大麦を荒めに挽いてという段階なんですけど、大粒に挽いて何が良いかというと、味が残ること。小麦を麺にして茹でることで味が抜けてしまうんですが、粒が大きいと味が抜けないんですよね。」

 

- それを実現させると、ライバルの信州蕎麦と張り合えますね(笑)

「そうそう(笑)。『信州ラーメンも凄いよ!小麦も凄いだろ?』と言えますね(笑)。」

 

- 小合沢店主が一番大事にしていることは?

「ここでしか食べられないラーメンを、地産地消で作ること。地元の良い食材、醤油や味噌をウチのラーメンを通して皆さんに知ってもらいたいと思っています。」



◆店舗情報

拉麺酒房 熊人

長野県上田市上田原1588-4

公式ブログ:https://kumajin.naganoblog.jp/

準公式twitter:https://twitter.com/kumajin2005

オープン日:2005年10月5日

 (取材・文・写真 KRK 令和4年11月1日)