金沢の繁華街から少し離れた静かな地域に今回取材するお店がある。屋号は「自然派ラーメン 神楽」。多くのラーメンファンを日本各地から呼んでいるお店だ。
私が初めて神楽へ来たのは2010年4月11日。偶然に雑誌で神楽を紹介している記事に出会い、すぐに金沢まで車を走らせたことを憶えている。そして神楽で目に付いた「15種類の厳選素材」「古式天然醸造三年醤油」「足踏式自家製麺」「手延べワンタン」など魅力的なワードに心躍り、当時の私にとっては初めてのバランス系の一杯に感動したものだ。
あれから10年以上が経って、今回、宮本店主に取材する時間を作っていただいた。神楽のラーメンに辿り着くまでの経緯、屋号の由来、聞いてみたいことが山ほどある。"自然派ラーメン 神楽"宮本店主にKRK直撃インタビュー!
- 出身は?
「加賀市の方です。」
- ラーメン屋する前は?
「高校卒業後、大阪へ行き中華料理の修行を3年ほどしました。それから地元に戻ってきてホテルなどいろんな所で勉強をした後、29歳で自分の中華料理店を金沢市にオープンしました。その中華料理店はかなり繁盛していて、10年半ほどしていました。」
- 中華料理店をやめたのは?
「中華料理を長くして自分の体質に油と化学調味料が合わなくなってきました。体調を悪くして体重があっという間に15㎏落ちてしまって、お医者さんに『人生やめるか?それとも仕事を辞めるか?』と言われました。その頃はもう大きい商売に疲れていて、絵描きになろうと思いました。絵描きの勉強をちょっとしましたが、『これだと家族を養えないな』と思いました。」
- ラーメン屋開業を考えたきっかけは?
「その当時、麺屋武蔵さんや中村屋さんをテレビで観る機会があって、『こういうのもいいな〜』と思いました。それまでは中華料理屋だったからラーメン屋をバカにしていたところがあったんです。でも麺屋武蔵さんとか見てたら『かっこいいな〜。これならやってみたい!』と思いました。」
- オープン年が媒体によって違いがありますが、正しいオープン年は??
「2000年だと思う。私も正確には分からないんだけど(笑)」
- ラーメンは自己流で?
「ここの物件を契約してから3ヶ月間ほど試作を続けていました。スタートから足踏みの手打ち麺、備長炭で焼き上げる炭火焼きチャーシューの2点を売りにして清湯系でやろうと思いました。オープン当初からお客様がいっぱい来てくれたんですけど、7年目頃までは研究費などでずっと赤字。店を休んでばっかりでしたしね。」
- 「足踏み」とかは自分のアイデアなんですか?
「私は慢心というか、すごく自惚れていたから(笑)『俺がやるんだから日本トップの店にする!』と考えていて、日本中を見渡して無いものをしていきたいと思いました。それで他と被らないようにといろいろ調べてから、屋号を『神楽』に決めました。」
- 屋号にある「自然派ラーメン」の由来は?
「体を壊した時に自然食の勉強をしていました。油とか肉、動物性タンパク質、脂肪、乳製品とか体に良く無いもの。食べ過ぎはよくない。そういう発想を元に自然派のラーメンを作ろうと取り組んでいました。だからオープン当初はラーメン好きさん達の間では『ラーメンとしては油が少ない。調味料の厚みが無いからあっさりしてる』とかあまりいい評価をもらえなかったですね。」
- いつ頃から評価されるように?
「一年経った頃に佐野実さんが来てくれて、『北陸でNo. 1だな!』ととても褒めてくださいました。」
- ラーメン屋に転身してから、体調の方は?
「うちの場合、最も手間をかけていたのが麺と焼豚。その2点を壊さないスープを作るのを大事にしていました。しかし5年ほど前に体が限界になってきて『もう自家製麺をやめよう。チャーシューを備長炭で作るのもやめよう』と決めました。それで製麺所の麺に合うスープとして濃度を上げたり、チャーシューも違う方法で作る。前とは違うものでも繁盛し続けていたいと思っていました。それでやっと良いモノができて喜んでいたら、県内の鶏の捌き場が無くなってしまいました。それからもいろいろ続き、ガタンと味が落ちてしまいました。」
- その困難な時期をどう乗り越えたんですか?
「その頃に中華料理をたまに無化調でしていて、評判もとても良かったので楽しかったんです。その時に『なんでラーメンで楽しくないのかな?』と思い、考えてみたら自分のラーメンのレベルが低かったのに気付いたんです。それで自分の誇りになるような仕事をしたいと思って、それをラーメンでするにはレベルを上げないといけないと思いました。それからいろいろ試行錯誤してなんとか最近はいいなってレベルになってきました。」
特製醤油
- 宮本店主が作りたいラーメンとは?
「私は料理人だからいろんなバランスで作り上げるのが楽しいんです。春はハマグリとか牛出汁でローストビーフ。冬には牡蠣や蟹。食べた人が気に入ってくれて、またリピートして食べてくれるのが嬉しいんです。どの店も似たようなのばっかりするんではなくて、料理人としては違う食材を組み合わせて更にグレードを高く、値段相応な味わいを醸し出す。それが必要だと思います。高い食材を使うから単価を上げないといけない。レストラン化していかないといけないと思います。」
- 今はラーメンを楽しめていますか?
「そうですね。グレードを上げれましたから。ウチは清湯だけで勝負していて、つけ麺やまぜそばとかもしていません。お客さんはラーメンを求めて来られているので、ラーメンだけでいいと思っています。ラーメン一本で勝負したいからこそ、そこに入り込めるし没頭できるんです。」
- 宮本店主が大事にしていることは?
「すぐに店に入りたくなるようなアイデアとか発想を常に考える。どんな苦しいことでも明日になったら晴れ間が出ることがある。それを常に考えていると店はどんどん進歩する。
私は作業が嫌いなんです。多くのお店は何かが流行れば同じものばかりを作っています。代表作があって集客は良くても同じことを続けていると、それは作業になるんです。私は料理人として新しいものを作り出すことが好きなんです。職人というのはきちんとした正確なものを毎日作る人。芸術家というのは発想を売りにしています。何十年もずっとお店を繁盛させるためには、その両方を兼ね合わさないといけないと思っています。」