Vol.134:らぁ麺屋 はりねずみ


 2017年2月、ラーメン激戦区「高槻」に異色のラーメン店が現れた。屋号は「らぁ麺屋 はりねずみ」。屋号も変わっているが、濃厚系が全盛だった関西で「清湯のみ」で勝負する姿勢も強い拘りを感じたものだ。

 あれから2年が経ち、はりねずみの現在地を確かめたく取材する時間を作っていただいた。店主と話すのは初めてだし、全く情報が無いお店なので楽しみな取材になりそうだ。"らぁ麺屋 はりねずみ"松本店主にKRK直撃インタビュー!


- 出身は?

「大阪市の住之江区です。」

 

- ラーメンに嵌ったきっかけは?

「元々、ラーメンは好きだったんですけど、何軒も廻るほどではなかったんです。きっかけは2000年頃だったと思うんですけど、東京でラーメンを食べる機会があったんです。『ひるがお』というお店、まだオープンしたばかりで前島さんがお店にいた頃でしたね。その塩ラーメンを食べて衝撃を受けたんです。当時はまだ関西では塩ラーメンってあまり無かったので、『あ~、こんなに美味しい塩ラーメンがあるんだ!』と感動しました。」

 

- ラーメンを作ることへの興味は?

「『ラーメン一杯で人を感動させられるのは素晴らしいな!』とは思いましたが、当時はラーメン屋になりたいとはまだ思っていなかったですね。それからもずっと他の仕事をしていたんですが、2009年頃にフッと『ラーメン屋をしてみたいな!』と思うようになったんです。」


- ラーメン屋をしたくなってからは?

「当時は結婚もしていて高槻市に住んでいたんですが、奥さんが仕事の関係で香港に行くことになったんです。僕はラーメン屋になりたいという想いがもう強かったので、当時の仕事をやめて、香港に一緒に行って向こうで独学でラーメンの研究をしようと決めました。」

 

- 香港で独学でラーメンの研究ってのは珍しいですね。

「香港に行って飲食で働くってわけではなく、試作を繰り返していました。香港でも鶏ガラとかありますし、産地とか拘らなければ昆布とかも手に入りました。煮干しで入手できないのとかは、日本にたまに帰ってきた時に大量に購入し、スーツケースに入れて香港に持ち帰っていました。ほとんど煮干しが入っていたスーツケースでしたね(笑)。」

 

- 当時、試作していたラーメンはどんなのだったんですか?

「基本的には好きだったのは鶏ガラとか煮干し。例えば豚骨とか鶏白湯も作ったりはしたんですが興味が無かったんです。当時からあくまでも清湯でしたね。」

 

- 香港にはどれくらい?

「香港には2年半ほどいて、それから奥さんが東京に転勤になったので帰国することになりました。そのタイミングで子供を授かったので、しばらくは子育てに専念のためラーメンは休止していました。

 それから子育てが落ち着いてきた頃に、せっかく東京にいるのでいろんなラーメン屋を廻るようになりました。東京にいた3年半ほどで、約800軒ほど廻りましたね。」

 

- どこかのお店で修業することは考えていなかったんですか?

「子供がいて、奥さんも仕事が凄く忙しかったので僕が修業するってのは厳しかったですね。それと今まで独学でしてきて、ある程度これっていうのがありました。それにどこかのお店で修業して『・・出身』とか付くのも嫌でしたね。今の時代、独学で開業というのは減ってきているので、あえて独学ってのもいいかなと思っていました。だから飲食とは全く違う仕事をしていて、仕事が終わったらラーメンを食べ歩いて自分なりに味や内装などの情報収集をしていました。」

 

- 大阪へ戻ってラーメン屋をすると決めたのは?

「子供が幼稚園に入園するタイミングでした。二人でラーメン屋をすると決意して、2016年4月に大阪へ戻ってきました。親が両方とも大阪だったし、やるなら大阪だなとは決めていました。」


らぁ麺屋 はりねずみ(2017年2月25日オープン)


- 高槻に決めた理由は?

「奥さんの実家が高槻ですし、結婚した頃も高槻に住んでいましたので高槻ですると決めていました。なかなか物件が決まらなくて、ここに出会ったのが2016年9月頃でしたね。」

 

- お店の内装も自分で決めたんですか?

「ラーメン屋で働いたことは無かったので、自分でいろんなお店を廻って集めたデータから何を揃えたらいいのか考えて、自分一人で内装を設計しました。知り合いもいなかったですからね。お客様の目線、安心感、ライブ感とかもあるのでオープンキッチンが絶対にいいなと考えていました。」

 

- 屋号「らぁ麺屋 はりねずみ」の由来は?

「はりねずみが好きだからです。『らぁ麺屋』と付けているのは、飯田商店さん(らぁ麺屋 飯田商店)ですね。やっぱり東京から凄く影響を受けているし、飯田商店さんも凄く美味しかった。メニューの『らぁ麺』、『肉飯』という関西ではあまり無い表示も東京を意識しています。」



- 提供する商品は早くから決まっていたんですか?

「元々は『ひるがお』がきっかけだったので、香港とかで試作している時は塩の方が得意だったんです。でも今はなぜメニューに塩が無いのかというと、高槻でお店をしようと決めた頃、きんせいさんグループとあす流さんグループが共に塩をメインとされていたので、自分は高槻でするならまず醤油で勝負しようと決めたんです。」

 

- 商品の紹介をお願いします。

「醤油らぁ麺は、阿波尾鶏のガラと煮干し、貝、それらを別々に取ったトリプルスープです。にぼしらぁ麺は煮干し100%のスープです。」

 

- こちらの味噌はなかなか出会わないタイプですね。

「味噌ってあまり美味しいのに出会えてなくて、香港で試作している頃も味噌は一度も作ったことが無かったんですが、2015年頃に東京でトイ・ボックスさんの味噌を食べて衝撃を受けたんです。味噌でもスパイスを加えたような味で、『こういうのを作れたら面白いだろうな~』と思いました。だから味噌は急遽レギュラー入りした感じでしたね。」

 

- 香港で試作していた時から得意だった塩の提供も考えていますか?

「いずれ出したいなとは思いますけど、最近作っていないので巧くできるかな?」

 

- 麺も独学なんですか?

「当初は自家製麺をするつもりはなかったんですけど、いろんな製麺所から麺を取り寄せて試していたんですがなかなか納得いく麺に出会わなかったんです。それで自分で作るしかないと思いました。大和さん(大和製作所)で製麺機の購入を決めてから、何度も足を運んで納得いく麺を一緒に作り上げてもらいました。お蔭様でオープンから自家製麺で始めることができました。」

 

- 全て一人でしているんですね。

「全部手造りに拘っているので大変ですね。こんなに大変だとは思わなかったです(笑)。休みの日も店に来ていますけど、でもちょっと空いた時にラーメン食べ歩きも続けているんですよ。」

 

- 最後に松本店主の最も大事にしていることを教えてください。

「1人で完全に手造りし、自分で安全で美味しいと思うモノをお客様に提供することです。」



 <店舗情報>

■らぁ麺屋はりねずみ

住所:大阪府高槻市野見町4-6

公式ブログ:http://harinezumi2017.blog.fc2.com/

twitter:https://twitter.com/harinezumi_17

オープン日:2017年2月25日

 (取材・文・写真 KRK 令和元年7月11日)