Vol.124:狼スープ


 ラーメン王国"札幌"では、観光客の旅の目的地になるほど"ラーメン"が圧倒的な人気を誇り、そしてほぼ全ての観光客の頭に浮かぶのは、やはり"札幌味噌"だろう。札幌味噌を看板メニューとして提供しているお店は星の数ほど存在するが、その中でも異色の存在として圧倒的支持を得ている味噌ラーメン専門店がある。そのお店が今回取材する"狼スープ"だ。

 私が初めて訪れたのは2009年12月だ。最寄りの駅から雪道を歩いて辿り着き、アッツアツの味噌ラーメンを食べて「こんな濃くて美味い味噌ラーメンがあるんだ!」と衝撃を受けたのを憶えている。あれから何度か来ているお店だが、店主とゆっくり話すのは初めてだ。"狼スープ"鷲見店主にKRK直撃インタビュー!


- 出身は?

「長野です。」

 

- 飲食に興味を持ったきっかけは?

「特に飲食への興味はありませんでした。学生時代からボクシングをしていてインターハイに行ったりしていたんですが、中途半端なままになって甲子園球児みたいに燃え尽きることもありませんでした。そして社会人になってからも特に高い欲もなく、当時はギャンブルが好きで麻雀、競馬、真面目に働きたくないって思っていましたね(笑)。兄が割烹料理をしていて、東京の割烹料理のお店で腕を振るっているのを見てかっこいいなと思っていました。それが興味を持つ1つのきっかけにはなったと思いますね。」

 

- ラーメンは好きでしたか?

「僕がいた頃の長野は専門店はほぼ無くて、"ラーメン大学"や"くるまやラーメン"とかチェーン店ばかりで専門店は一軒もなかったです。ラーメン屋ってパチンコ屋に併設しているじゃないですか?ギャンブルばかりの毎日の中、ほぼラーメンしか食べたことないような生活でした。当時は自分の欲望のために生きていて、食べ物は二の次。睡眠、食欲とかは後付けみたいな生活をしていました。」


- その生活から抜け出すために?

「プロボクサーでやってみたいなと思い東京へ出ることにしました。憧れていたボクサーがいて、その方が町田でジムを開いたのでそのジムに入りました。それから生活のために何か仕事をしないといけないので、ラーメン屋でアルバイトを始めました。ラーメンが好きでしたからね。」

 

- 東京でもラーメンを食べていたんですか?

「東京には多くの専門店、いろいろ美味しいラーメン屋があるのに衝撃を受けまして、『本当に魔物だな。ラーメンって凄いな!』と思いました。先輩によく環七沿いのラーメン屋にも車で連れていってもらっていました。

 僕がアルバイトをしていたお店のオーナーが"香月"出身の方で、香月の姉妹店でした。香月は背脂、綺麗でお洒落なお店で世に多大な影響を与えたお店で、一時期、東京で一番行列ができるお店と言われていました。僕はオープニングでたまたまアルバイトで入ったんですが、当時のオーナーが22歳だったんです。僕は『22歳でお店ってできるんだ』って世の中の仕組みを知って、『自分でも将来やってみたいな!』となんとなく考えましたね。」

 

- 初めてラーメン屋で働いて、どうでしたか?

「とてもプロ意識があって、お店の営業は深夜2時までなんですけど、店長が来る朝8時くらいまでは僕らが掃除を夜通し続けるんですよ。営業時間外は、仕込み、掃除。全部洗って入れ替えるんですよね。拭き方もステンレスをいかに傷つけないように磨くかとか、とにかくラーメン屋ってのは綺麗でなくてはならないと学びました。繁盛店はただラーメンを売っているわけでなく、それぞれ拘りがあるんだなって興味を持ちましたね。」


- 某有名店に入るきっかけは?

「ある時、横浜アリーナにボクシングの世界戦を観に行って、その帰りに横浜の某ラーメン施設に寄ったのがきっかけでしたね。一番行列が長いお店で食べた時に、本当に電気が走るほど衝撃を受けました。最後に丼の下に落ちているひき肉まで綺麗に食べましたからね。長野の信州味噌ってお味噌汁っぽくて香りを大事にするんですが、そのお店の味噌はこれが味噌?というか、初めて食べる味。すぐにのめり込みましたね。」

 

- ボクシングの方は?

「面接の時にプロを目指していることも伝えたんですが、無理だよって言われました。実際、ボクシングをできるレベルじゃなくて、毎日が物産展ってほどの忙しさで仕事だけの生活。面接に行ったその日から寮に入らせてもらって、社員としてお世話になることになりました。」

 

- 仕事はどうでしたか?

「そのお店は体育会系の厳しさではなくて、お店をやる目的の人しか集まっていない集団。中途半端な仕事をしていたら、その人を教えるよりは置いていくって感じ。やらされているわけでなく、仕事をさせてもらっていると初めて気づけた場所でした。食材に拘るのはもちろん、横浜のお店ではスープを天然水から仕込んでいるのに驚きました。プロ意識の高い環境で恵まれていましたね。でも、あることがきっかけでその店を離れないといけなくなったんです。当時の僕は喧嘩っ早くて、すぐに暴れてしまっていて。」

 

- 修業店を離れて?

「ラーメンを少し離れて、四川料理の"麻布長江"で少しお世話になりました。僕の何人かいる料理の師匠である長坂さん(現在は香川県で"長江SORAE"経営)から、今の店のスタイル、お店を成功されるのは味だけでないこと、接客の重要さ、美しい盛り付け、常に美味しいものを作りたいと思い続けること、など多くを学ばせてもらいました。

 ある日、『おはようございます。』と顎で挨拶をしたら、親父のように叱ってくれました。『挨拶は腰でするものだ!』と。実際、長坂さんのお辞儀はお店でもテレビ等に出演されている時も、誰よりも綺麗なお辞儀をされていました。

 その後、また暴れぐせが出て、お店を離れることになってしまいました。」

 

- 麻布長江を離れてからは?

「もう自分でやるしかないと思い、東京の練馬で"札幌ラーメン鷲見"という提灯をかけて屋台を始めました。22歳でしたね。元々は(白山通りにあった)白山ラーメンの方が屋台をしていた場所で、その跡地をたまたま使えることになって始めました。提供していたのは醤油ラーメン。路上だったのでいろいろ問題があって、すぐにやめないといけなくなりました。」


屋台 札幌ラーメン鷲見(東京)


ラーメンへの想いは持ち続けていたんですね。

 「ラーメンをもう一度学び直したいと思い、(某店の)親方に連絡しました。親方に『お前はまた暴れるから横浜では駄目だ!』と言われ、北海道の本店で働くことになりました。北海道の本店はいつか行きたいと思っていた憧れのお店でしたね。それで親方が『お前は危険人物だから俺と住め!』とおっしゃってくださって、最初は親方の住まいで半年間、お世話になりました。」

 

- 独立する気持ちは伝えていたんですか?

 「面接の時に20代の内に独立したいと伝えていました。」

 

- 場所は北海道と決めていたんですか?

「そうですね。気候が長野と似ていて、自然に囲まれていて自分では第二の故郷と思っていましたから。長野に戻るってのは一切考えてなかったです。」

 

- 屋号の由来は?

「落合信彦さんが月刊プレイボーイで『狼たちへの伝言』というコラムを書いていました。『若者よ狼になれ、血反吐を吐いて狼になれ。檻の中でブーブー言っている豚になるな。』という激しい内容ですが、かっこいいな~と思って、狼が浮かびました。

 それから近くのお寺のお坊さんに相談に行って、自分が持っていた屋号の候補、狼マスターとか見てもらったんです。すると、お坊さんに『もうちょっと捻れ!この名前だと"とんとん"や!』と関西弁で言われました(笑)。自分にとってはラーメンの中でスープが一番大事なので、それを屋号に持っていったら面白いかなって閃いて、狼スープに決めました。」


屋台 狼スープ(2000年3月オープン)


- オープンはいつですか?

「2000年3月、中島公園界隈で屋台から始めました。もう一回屋台でリベンジしたいって想いがありました。自分はブルーシートの屋台とか、ああいう雰囲気が好きだったんですよね。提供していたのは味噌でした。」

 

- 屋台はどのくらいの期間していたんですか?

「なんで北海道に屋台が無いのか、自分でも分かっていなかったんですよ(笑)。冬になると寒くて包丁が握れなくなる。お客様も寒さに耐えられなくて、オーダーしてから黙っていなくなってしまう。成立しないってことに気づいた頃に、立ち退きの話が来たので屋台はやめることにしました。」


狼スープ(2000年10月オープン)


- この場所に決めた理由は?

「当時、この通りには何も無くて行き止まりの場所でした。僕の修業店も行き止まりの場所にあって、通りすがりの人が来なくて、そのお店のラーメンが目的の人しか来ない。そういう安売りしない姿勢をかっこいいな~と思っていたので、僕も路面店じゃなくて路地裏で何もない行き止まりの場所。ここで行列できたらかっこいいな~と思いました。屋台をやめてから約一か月で始めました。オープンが2000年10月でしたね。最初はアパートを引き払って、店に住み込みながらの再スタートでした。」

 

- お店は順調でしたか?

「全然売れなかったですね。もう美味しくなかったですから(笑)。屋台の時は札幌市のお水で美味しかったんですが、ここは建物が老朽化でお水が臭かったんです。当時の僕は料理人として水が大事とは分かっていなかった。自分の腕、やり方で美味いものができると思っていましたから。当時一杯600円という価格設定でラーメン屋は水まで拘ってはいけないという考えもありました。まだ修業が足りなかったということですね。軌道に乗ったのが4年目くらいでした。最初の2年くらいはやばかったですね。きつくて泣いた頃もありました。」

 

- ターニングポイントは?

「お客様から飲料水が臭いとか言われていたんですよ。それである時、スーパーで天然水を買って作ってみたんです。すると店内がシーンとなって、お客様が無言で食べているんですよ。その光景に衝撃を受けました。そのタイミングで、たまたま某有名音楽グループの方が全員で来て、2日連続で来てくれたんですよ。そういう目に見えない効果も出てきたので、俺は水に拘るべきかなって考えましたね。

 しばらくスーパーで買い続けていたんですが、『北海道で湧水があるよ!』と製麺屋さんに教えてもらって、毎週、そこに水を汲みに行くようになりました。」


味噌らーめん


- お店の商品についてお願いします。

「狼スープを味噌専門でしているのも拘りじゃなくて、僕は2つのことを同時にできないんです。僕はあまり技術はないので、最低限、素材はいいものを使っています。『狼の味噌ってちょっと雰囲気違う』とよく言われるのは、ウチはメンマを入れないんです。スープにメンマの汁が流れ出ると美味しくなっていくんですけど、修業店と同じになってしまうんですよね。僕は他のお店と同じ香りになっていくのが嫌で、メンマは入れていないんです。

 最近は札幌ラーメンじゃないお店が増えてきて、従来の札幌ラーメンを出すお店が減ってきています。元々あった正統派、ラードでニンニク、野菜を炒めるっていうクラシックスタイル、なんとかそれを進化させていくということも考えていますね。



- 2010年にボクシングに専念のため、お店を離れたのは?

「この店を始めてから10年目の2010年でしたね。その頃、ボクシングの夢が忘れられなくて、営業しながらボクシングの方もしていたんです。プロになったんですが、なかなか国内で試合ができない状態が続いて、やっとタイでプロデビュー戦をできました。デビュー戦を勝てて、ここまでやれば自分が変われるんだと気づき、燃え尽きるまでやってみたいと思い、お店を離れる決心をしました。

 2006年に食べログでラーメン部門全国一位の評価を頂いたことと、2010年に東京のフジテレビ前で開催されたお台場ラーメンパーク(全国のラーメン店が6~8軒集結)で2ヶ月間出店して最終的に売上トップを達成できたこともラーメンに一区切りしてもいいと判断。僕が離れている間は、お店はお世話になっている先輩方に助けて頂きました。」

 

- ボクシングでは燃え尽きれましたか?

「タイに渡って好きなだけボクシングをし、チャンピオンにはなれなかったけどタイ国内ランキング一位までなれました。ただ試合中に記憶を失くしたりして、身体がもう限界かなって。それでボクシングから離れる踏ん切りがつきましたね。」



- ボクシングを離れて、帰国してからは?

「実は僕は福島の白河ラーメン、手打ちの優しいラーメンが好きで、『いつか修業にいきたいな!』とずっと思っていたんです。白河に"やたべ"というお店が峠にあって、半径7キロくらい何もないお店なんですけど、13時前には売り切れるほどの人気店。以前からそちらで修業をさせていただく約束をしていたので、タイから帰国したタイミングで白河に行き、3か月間修業させていただきました。」

 

- それから札幌に戻って?

「昼は狼スープ、夜は"夜そば ふくしま"で二毛作営業を始めました。白河ラーメンを北海道でした人が誰もいなかったのでいけるかなって思っていたんですが、全然売れなかったですね。当時の北海道の人は柔らかい麺、薄味、ぬるいのも駄目。結局、二毛作は1年半でやめることにしました。今はイベントの限定で出したりしていますね。」


- 鷲見店主が大切にしていることは?

「修業店で学んだプロ意識、香川の親方(長坂氏)から学んだ接客というのを大事にしています。ウチはアンケート用紙を客席に置いていまして、催事でも必ず置くんですよ。お客様の声を大事にして過去のアンケート用紙は全てファイル保管してあります。昔は怒ってばかりでスタッフが辞めていってしまったので、それから10年間は怒るのをやめていたんです。でも、それだけでは次のステージというか、みんなで1つの良いお店を作れないことに気づいて、その人の人生を考えて本気で叱れる関係を築いています。スタッフもそれぞれ将来の目的がある。ウチのお店で『目の前のことを一生懸命するとなんとかなるんだよ!』ってことを学んで欲しい。従業員と一緒に体を鍛えたりもしています。催事に行くときはみんなで1カ月くらい走り込みしたりするんですよ。すると催事でへっちゃらなんですよ(笑)。

 北海道は真面目な店が多くて、どこも美味しい。昔は人をよけてナンバーワンになりたかったんですけど、今はナンバーワンが目標ではなく、スタッフが活躍できる雰囲気自慢のお店を目指しています。」



 <店舗情報>

■狼スープ

住所:北海道札幌市中央区南十一条西1-5-1

公式HP:http://www.ohkami-soup.net/

 (取材・文・写真 KRK 平成31年4月19日)