昔、聖徳太子が修行のために登山していたと言い伝えられている檀特山の麓、兵庫県損保郡太子町に一軒のラーメン屋さんが2013年4月にオープンした。こののどかな町のラーメン屋さんが今、関西だけでなく、東京のラーメン評論家も足を運ぶほど話題になっている。屋号も変わっているが、店主の仕事への拘りもとにかく凄いとの評判だ。
現在はメディアの取材も断っているようだが、友人を通してインタビュー取材をOK頂いた。一体、どんな方でどんな話が聞けるのか楽しみだ。"中華そば 麦右衛門" 宮本店主にKRK直撃インタビュー。
- 出身は?
「兵庫県姫路市です。」
- 料理に興味を持ったのは?
「高校卒業の頃に何か手に職をつけたい、特技を身に付けたいと思いました。今まで過ごしていて、漠然と何がしたいというのが見つからずに、自分はどのように生きていけばいいのかなと常に考えていました。そして学生時代に飲食のバイトをしていたのもあって、料理人っていいなと思いましたので、卒業と同時に和食の店で働き始めました。割烹料理の店で、調理の基礎、包丁の扱い、旬の野菜、魚、料理のイロハを学ばせてもらいました。」
- ラーメンは好きだったんですか?
「一切頭に無かったですね。ラーメンを食べる機会も全く無かったです。」
- 料理の世界に入って?
「割烹料理の店で働き始めてから、いろいろ社会に揉まれて試行錯誤していました。割烹料理店に入って思ったことは、調理の技術が凄くある店だったんですが、店が凄く暇だった。自分の中で『なんでやろう?』と考えていました。『料理が美味しいのに店が暇ってのは、なんでやろう?』って。それで『自分はこんな暇な環境でいいのだろうか?』という疑問と不安が出てきました。
ちょうどその頃に創作料理の店が姫路で流行ってきていました。新しく出来立ての小さな店が半年くらい予約が取れないってほどの人気と聞いて、『どうなってるんだろうな?』と興味が出てきました。それで割烹料理の店を辞めて、その創作料理の店で働くことにしました。多国籍料理という感じで華やかな店でしたね。」
- 創作料理のお店はどうでしたか?
「とても忙しい店で、そして新しい発見がいろいろありました。そこでは利益を追求することを前提にシステムが出来ていました。今までの店は職人ばっかりの店でしたが、その創作料理の店には職人は一人か二人くらいで、あとはアルバイトで回していました。人件費の削減ですね。職人がほとんどいないってことで仕込みの手間を省くために、仕込んだものを仕入れたりって。前の店では野菜を仕入れて、それを包丁で加工してって、全て一からする工程がありましたが、ここではすべて省かれていたのが衝撃的でした。今となってはそういう店が当たり前になってきていますがね。
他には経営のお客様視点の柔軟な考え方。今までの割烹では『できないことはできない』だったけど、ここではお客様に合わせて、予算に合わせてメニューを作ったりとか柔軟に対応していました。自分一人では無力で、できることは限られてる、ということも学びました。やっぱり人を使って、みんなで協力して仕事をしていくってこと。」
- しばらくそのお店で働いていたんですね。
「そこで7~8年くらい務めている内に、自分の中でネガティブな考え方が生まれてきました。職人がいないコックレスの環境なので、料理自体は技術が必要なくても作れるレシピを作らないといけない。味付けも濃い目で、ほとんどがボリュームありお得感重視の料理。流行を追いかけないといけない。自分が美味しいとか関係なく、優先順位を流行に合わせないといけない。
そういうことが続いていると、自分の中で食への関心、調理への興味がどんどん薄れていって、食べ物も賄いでも『何でもいいわ。口に入れば』という風になってきていました。それである時、『自分はこれで良かったのかな?』と真剣に思い始めてきました。自分は料理を作るためにこの世界に入ったのに、ほとんど技術のいらない調理をしてるってことに悩んでいました。」
- 新しい展開?
「その会社で新しい業態をする流れになってきて、ラーメン屋をする話が突然に出てきました。創作料理の店がラーメン屋を出すぞ!ってことです。それまでラーメンには一切興味なかったんですが、僕自身がこういう悩んでる状態だったので新しいことがしたいと思い、『そこの店長をさせてください』とお願いしました。そこからラーメンの勉強をし始めましたね。当時は本当にラーメンについて何も知らなかったんですが、自分は長年料理をしてきたので『ラーメンくらいできるだろう?』と思っていたんです。」
- どういう勉強をしたんですか?
「ラーメンを勉強し始めて、いろんな店へ食べに行き、ラーメン本を読んだりもしていましたね。東京へも食べに行ったりしていました。それで気づいたことは『多くのラーメン屋さんは自分が美味しいと信じるラーメンで勝負してる』ということ。流行とかリサーチしてやってるわけでなく、自分で美味しいって思うもので勝負してることに驚きました。『そんな世界があるんや?ラーメンってそんな世界なんや?』って。自分が料理をし始めた頃にしたかったことが巡り巡ってきたように感じました。拘って勝負してる個人店の方が、大手チェーン店より行列作っていたり、ネットでも評価が高いとかにも気づきました。」
- ラーメン屋を始めて、どうでしたか?
「姫路の市内で2010年頃にオープンしました。提供していたラーメンは神座さんの和風バージョンって感じのラーメンでしたね。しかし、そのラーメン屋があまり巧くいかず、売り上げも右肩下がりで、このままでは売り上げはいつまでたっても上がらないかもしれないと思いました。その頃に、自分の中でやりたいこともできてないと思い、独立開業を決心しました。その後もその会社に1年くらい残っていましたね。そこの会社の社長にも『ラーメン屋で開業したいので辞めさせてください』と伝えていました。その期間はどんどんラーメンを食べ歩き、勉強できた期間でしたね。」
- 影響を受けたお店はあるんですか?
「僕の中で憧れというか尊敬の2店があります。あっぱれ屋さん(京都)と弥七さん(大阪)です。あっぱれ屋さんには当時勤めていた会社の方に教えてもらって食べに行きました。あの立地であの行列ってのが衝撃でしたね。その時、自分の中で『自分で開業って可能性もあるんじゃないか?』という考えが頭に浮かびました。都会だったら家賃とか大変だけど、あっぱれ屋さんのように郊外でしていて行列を作ってるのをみて、もしかしたら自分にも可能性があるかもって思いました。あっぱれ屋さんにはもう20回くらいは食べに行っています。
もう1店の弥七さんも衝撃的に美味しくて、こちらも大行列を作っている。何度も通っていたので顔を憶えて頂いていて、先日行った時に声をかけてくださいました。それで『ラーメン屋さんを始めました。』って名刺を渡して挨拶させてもらいました。嬉しかったですね。」
- 独立に向けて?
「自分のしたいことで、家族でやっていけたら良しとしようと思っていました。今の妻とは、開業と同時に籍を入れました。そして前の仕事を辞めてから、大和製作所のラーメン学校に行きました。一番勉強になったのは藤井代表の経営講習でしたね。今でも「受けてよかったな」と思っています。」
- 屋号の由来は?
「よく聞かれるんですが、『店の名前は特に意味がなくてもいいんじゃないか?』と思っていたので、元々、和風な名前で漢字でつけたかったんです。あまり堅苦しくなっても嫌だったので、麦って付けたら"ドラえもん"みたいで愛嬌があるかな?って思って。そういうニュアンスでさっと決めました。そんなに悩まなかったです。」
- どんなラーメンで勝負?
「こんな田舎ですので、最初は『個性的なラーメンがいい』と思っていたので、鶏白湯とか作りたかったんです。でも何回も試作して毎日何回も食べていく内に、白湯はちょっと口が受け付けなくなってきた。逆に、清湯は飽きはするけど『やっぱり美味しいな!』と感じるので、『こっち(清湯)の方がいいんじゃないかな?』と思いました。元々、僕は和食がベースなので出汁をとったりすることが得意だったし、清湯の方が可能性があるんじゃないかと思いました。」
- メニュー?
「憧れているあっぱれ屋さんや弥七さんってメニューを絞っていますよね。やっぱり個人店はメニューを絞って、そこに力を入れてるって印象があります。その方が美味しいものが作れるんじゃないか?って思いましたので、醤油に力を入れています。」
中華そば 麦右衛門(2013年4月12日オープン)
- 2013年4月にオープンして?
「正直、最初の3ヶ月くらいは味に迷いがあってすごく悩んだんですけど、3ヶ月目くらいに『味が完成した!』という時期があって、そこからは不安がほとんど無くなりましたね。まだお客様も1日30人とかでしたが、自分の中では『これでいける!』って味ができたので不安はあまり無かったです。」
- 評判は気にする?
「多少は気になるんですが、人に流されないように自分がいいと思うものを作っていこうとしていました。グルメサイトも最初の方にちょっと見ていたくらいですね。1年目は暇な時期が続いて、2年目くらいからお客様が増えてきました。その頃に疲労でぶっ倒れて1か月くらい休んでしまったこともあるんです。それから復帰してから、しばらくしてオープン前からお客さんが並んでくれるようになっていきました。」
-他のラーメン屋さんとの交流?
「全然なかったですね。らあ祭ってラーメンスタンプラリーのイベントに参加するまでは、交流があったのは奈良の鈴庵さんくらいですね。時間がとれないこともあって、他のラーメン屋さんへ食べに行くってのもなかったです。」
- 趣味は?
「仕事に熱中し過ぎるばかりでは駄目だと思って、自分のオンオフの切り替えを作るために、趣味を作ろうって最近考えているところです。」
- 女将さんから店主の印象は?
(女将さん)「料理に対してはしつこいですね。『この限定で行くぞ!』って言ってからの前振りが長くて。」
(店主さん)「口を挟むようだけど(笑)。こんな場所なんで絶対にここでしか食べれないものを食べてもらいたいって思いがあって、絶対に妥協したくないって思ってるから。これ!って思うものしかやりたくないので、時間がかかるけど。(笑)」
-食材への拘り?
「どの店でもそうだと思うけど、安全性に拘っていて、『赤ちゃんが食べても』ってくらいに拘っています。」
- 最後に?
「座右の銘がありまして、『彼も人なり、我も人なり』。頑張れば美味しいものができる。自分でも美味しいものができると思ってやっています。」
<店舗情報>
中華そば 麦衛門
Twitter:https://twitter.com/comottiminto
公式ブログ:http://ameblo.jp/mugiemonsoba
(取材・文・写真 KRK 平成27年11月)